トリプトファンの効果とその作用

必須アミノ酸のひとつであるトリプトファンは、肉や魚、乳製品など、幅広い食品に含まれています。体内では体を動かすエネルギー源となり、脳に運ばれるとセロトニンやメラトニンなどの原料となります。精神を安定させ、不眠を改善する効果などが知られ、疲れを感じやすい現代社会において注目される成分です。

トリプトファンとはどのような成分か

トリプトファンは必須アミノ酸のひとつで、たんぱく質を含む肉・魚・卵、乳製品、大豆製品、ナッツ類などに含まれています。

必須アミノ酸とは、私たちの体内にある20種類のアミノ酸のうち、体内でつくることができない9種類のアミノ酸をいいます。そのため必須アミノ酸は食品から摂取しなければいけません。アミノ酸はタンパク質を構成するため、欠乏すると血液や筋肉、骨などの合成ができなくなってしまいます。

トリプトファンは肝臓や腎臓で分解されて体を動かすエネルギー源となり、脳に運ばれると「幸福ホルモン」と呼ばれるセロトニンや、睡眠に深く関わるメラトニンなどの重要な神経伝達物質や、皮膚や粘膜の健康維持を助けるナイアシンを合成する原料になります。

疲労を感じやすい現代社会において、精神の安定や睡眠に関与しているトリプトファンは注目されている成分なのです。

トリプトファンの効果・効能

■不安やうつ症状への効果

トリプトファンは不安感やうつ症状の緩和など、精神的な安定への効果が期待されています。トリプトファンが脳内でつくり出すセロトニンは精神安定を促す神経伝達物質で、幸福ホルモンとも呼ばれています。セロトニンは、喜びや快楽などを伝えるドーパミンや、イライラや不安など精神ストレスに働くノルアドレナリンなど、ほかの神経伝達物質の情報をコントロールして、精神状態を安定させる働きをしています。

■不眠症の改善効果

トリプトファンによってつくられたセロトニンは、脳の松果体でメラトニンに変換されます。メラトニンは睡眠と深く関わるホルモンで、メラトニンが分泌されることによって体温・血圧・脈拍が下がり眠気を感じるようになります。メラトニンが体内で規則正しく分泌されることによって、朝は自然に目が覚めて、夜には自然に眠りに入る人間の自然な体のサイクル「体内時計」をつくり出しているのです。海外旅行をして時差ぼけになることがありますが、やがてメラトニンが適切に分泌されることによって解消されます。逆に不規則な生活や、セロトニンとメラトニンが不足しがちな生活をしていると、体内時計のリズムが狂い、健康的なサイクルも崩れ、さまざまな病気の原因にもなるのです。トリプトファンを適切に摂取することでセロトニンとメラトニンが分泌され、不眠症を改善する効果が期待されます。

■アンチエイジング効果

そもそもトリプトファンからつくられるメラトニンは、別名「若返りの薬」とも呼ばれるほど、老化防止や生活習慣病予防にも効能があるとされています。良質な睡眠は、若々しい体づくりに欠かせません。ただし、メラトニンの分泌量は加齢とともに減少してしまいます。年をとると睡眠時間が短くなるのは、メラトニンの減少によるものだともいわれています。

■PMS(月経前症候群)の緩和効果

PMSは女性ホルモンのバランスだけでなく、多くの要因が関係している[※1]とされています。しかし要因のひとつとして、脳内ホルモンや神経伝達物質の異常が挙げられ、トリプトファンがつくり出すセロトニンの分泌量の低下は、PMSを悪化させると考えられます。
PMSの中でもとくに精神的不調が重く、日常生活に支障をきたすほどの状態を、PMDD(月経前不快気分障害)といいます。カナダで行われたPMDDの患者71名を対象とした試験では、トリプトファンを1日6g、17日間摂取させたところ、イライラなどの精神的不調が改善されたということです。[※2]
トリプトファンはPMSやPMDDの症状の改善に役立つ成分としても注目されています。

■その他の効果

そのほかに挙げられるのが、鎮痛効果です。米国のテンプル大学健康科学センターで行われた実験によると、トリプトファンの投与により、あごや歯の痛みを緩和する効果が得られたということです。[※3]
また、トリプトファンはセロトニンを分泌させ、神経伝達物質のコントロールをすることで、集中力や記憶力を高める効果なども研究されています。
さらに、トリプトファンから合成されるナイアシンには、糖質や脂質を分解する働きがあり、コレステロールや中性脂肪を下げる効果なども期待されます。

どのような作用(作用機序・メカニズム)があるのか

食べ物から体内に取り入れられたトリプトファンは分解され、体を動かすエネルギー源となります。その後、脳に運ばれると、さまざまな活性物質の原料となります。

トリプトファンは体内で化学反応によって5-HTP(5-ヒドロキシトリプトファン)となり、段階を経てセロトニンとなります。セロトニンにはドーパミンやノルアドレナリンなどの神経物質をコントロールする働きを担っているため、セロトニンが正常に分泌されることが精神の安定につながります。

さらに、セロトニンは脳の松果体でメラトニンに変換されるため、トリプトファンは人の睡眠の状態にも作用します。

また、トリプトファンはビタミンB群であるナイアシンの原料にもなり、皮膚や粘膜の健康を保つ作用にも関わっています。ちなみに、トリプトファンからナイアシンがつくられる代謝経路(キヌレニン経路)の中で生成される物質に、キヌレン酸があります。神経毒とも呼ばれるキヌレン酸は、免疫系や神経系への作用が指摘され、総合失調症などの精神疾患との関連も研究されています。[※4]

このように、トリプトファンは体内で重要な物質の生合成に深く関与しているのです。

どのような人が摂るべきか、使うべきか

近年、うつ病や慢性疲労などの増加が社会問題となっています。また、うつ病は睡眠不足や睡眠時間との関係が深く、睡眠不足がうつ病の引き金になることや、うつ病になると「寝ようとしているのに寝られない」などの睡眠障害があらわれることがあります。疲れた体を癒すためにも眠ることは必須ですし、アンチエイジングのためにも良質な睡眠は欠かせません。睡眠の質は、健康状態をあらゆる角度から左右しているのです。

疲労や精神的な不安、不眠などの症状を改善する鍵となるのが、幸福ホルモンとも呼ばれる脳内神経伝達物質のセロトニンと、睡眠に深く関与するメラトニンです。セロトニン、メラトニンをつくる原料となるトリプトファンは、現代社会で仕事やプライベート、家事、育児などのさまざまなストレスを感じている人にとって、非常に重要な成分と考えられています。イライラや不安感を感じやすい人、最近やる気が出ないという人、眠りが浅い・寝つきが悪いなど睡眠不足を感じている人、また時差ボケの予防や解消などにもトリプトファンの作用は役立つでしょう。

トリプトファンの摂取目安量・上限摂取量

トリプトファンの摂取目安量は、年齢や筋肉量、運動量などによっても変わってきます。WHO(世界保健機関)が定めた必須アミノ酸の1日の推奨摂取量では、成人で体重1kgあたり4mgとされています。[※5]

過剰摂取による副作用の懸念があるため、サプリメントから摂取する場合は、決められた用法容量を必ず守るようにしてください。

トリプトファンのエビデンス(科学的根拠)

トリプトファンはこれまでに、さまざまなエビデンスが報告されています。

眠りにつくまでかかる時間が30分以上の睡眠障害をかかえる21~35歳までの男性15名を対象に行った実験では、トリプトファン1日1g を寝る前に摂取させたところ、睡眠障害が改善されたとの報告があります。[※6]

季節性の感情障害(SAD)の患者13名を対象に、トリプトファンを2 gを1日に2~3回、4週間摂取させた試験においても、症状の改善効果が認められました。[※7]

また、PMSの中でもとくに精神的不調が重いPMDD(月経前不快気分障害)の患者でも、トリプトファンの改善効果が報告されています。[※2]

トリプトファンの精神安定や睡眠への作用については、現在も幅広い研究や実験が行われています。うつ病をはじめとしたさまざまな精神疾患、現代人の多くが抱える精神的不調を改善する成分として注目されています。

研究のきっかけ(歴史・背景)

トリプトファンは、1902年にイギリスの生化学者フレデリック・ホプキンズにより、牛乳に含まれるたんぱく質のカゼインから発見されました。その後、合成に成功、精神安定や睡眠障害を改善する作用の研究が進められます。そして1980年代の終わり頃から、アメリカを中心にトリプトファンを配合したサプリメントが多く製造、販売されるようになります。

■トリプトファン事件とは?

1988年末から1989年にかけて、昭和電工が製造したトリプトファンを含むサプリメントを摂取した人の血中に好酸球が異常に増加して、強い筋肉痛や発疹を伴う症例が大量に発生しました。その症状は、好酸球増加筋肉痛症候群(EMS)と疾患名がつき、FDA(アメリカ食品医薬品局)はトリプトファンを含むサプリメントの販売を停止させ、全製品の回収を命じました。FDAによると、トリプトファン事件の被害は1500件以上、死者は38名とされています。[※8]

原因について、当初は昭和電工の製造したトリプトファンサプリメントに含まれていた不純物であるとの見方がありました。しかし昭和電工以外のサプリメントでも大量摂取でEMSの症状が報告されていること、昭和電工のサプリメントに含まれていた不純物による動物実験での反応はごくわずかであり、不純物とEMSとの関与の解明には至っていないことなどから、真相はいまだに明らかにされていません。[※9]

2001年FDAは、EMSの原因が、昭和電工のトリプトファンサプリメントの内容物なのか、含有された不純物に由来するのか、あるいはほかの要因によるものなのか特定ができないとの見解を示し[※10]、トリプトファンを含むサプリメントの規制緩和を行いました。

トリプトファンとのEMSとの関係についてはいまだ全容が解明されていませんが、ひとついえるのでは、いかに安全とされる食品であっても、大量摂取は健康被害を及ぼす可能性があるということです。トリプトファンは神経伝達物質などに作用があり、高い効果が期待できる反面、過剰摂取による反応も大きなものになるリスクが高いです。サプリメントや健康食品を摂取する際には、用法容量をしっかりと守りましょう。

専門家の見解(監修者のコメント)

帝塚山大学大学院心理科学研究科の山下雅俊氏と山本隆宣教授は、共同研究における論文『トリプトファン研究の成果から見た中枢性/精神性疲労の誘発メカニズム』[※11]の中で、トリプトファンを「生体の成長に必要なアミノ酸の一つでありながら、特異性と危険性を併せ持つ」としたうえで、現代社会が抱える深刻な中枢性疲労(脳が主体となって感じる疲労)の誘発メカニズムを解明する鍵となりえるのがトリプトファンだと指摘しています。

「トリプトファンが前駆体であるセロトニンの脳内投与により、中枢性疲労の神経科学的特性に共通する睡眠の誘発や精神機能の変化が報告されており、脳内セロトニン濃度は血中トリプトファンの動態にも大きく影響する。即ちトリプトファンやセロトニン生成のダイナミックな変化により、中枢性疲労様症状が生起することを示唆する。以上からトリプトファンが中枢性疲労のバイオアラーム機構の一翼を担うと考えられてきた。」、「末梢一中枢巡関のダイナミックな特性が中枢性疲労の誘発メカニズムを解明する上での鍵となるかもしれない。」

トリプトファンは発見されてから約100年の研究の歴史がありますが、いまだ解明されていない点も多くあります。また、精神的な疲労である中枢性疲労の増加は現代社会が抱える大きな問題です。今後のトリプトファンのさらなる研究により、中枢性疲労を克服するための新たなアプローチの開発が期待されます。

トリプトファンを多く含む食べ物

トリプトファンは、食品ではたんぱく質を含む肉・魚・卵、乳製品、大豆製品、ナッツ類に含まれます。とくに牛・豚・鶏のレバー・牛乳、チーズ、アーモンド、小麦胚芽、カツオ、マグロに豊富です。ほかには、バナナ、マンゴー、パイナップル、プラムなどの果物、チョコレートなどからも摂取できます。

トリプトファンは体内で合成されない必須アミノ酸ですから、毎日食事から補う必要があります。さまざまな食材から摂取することができるので、ごはん、納豆、お味噌汁、お刺身といった日本食の献立でも十分に補うことができます。サプリメントなどから補う前に、食事のバランスを見直してみてみるとよいでしょう。

相乗効果を発揮する成分

脳まで運ばれたトリプトファンは単独ではなく、ビタミンB6やナイアシン、マグネシウムとともにセロトニン生成の材料として利用されます。セロトニンの分泌を促すためにも、これらの成分も意識して摂取するとよいでしょう。

トリプトファンとビタミンB6がバランスよく配合されている食材としてバナナ・カツオ・マグロが知られています。また、ナイアシンはたらこ・きのこ類・魚介類に、マグネシウムは大豆製品・魚介類・海藻・木の実などに多く含まれています。

トリプトファンに副作用はあるのか

トリプトファンは過剰摂取による重大な副作用のリスクが示唆されています。1989年にアメリカではトリプトファンのサプリメント摂取によって、好酸球増多筋痛症候群(EMS)という症状が多発する事件があり、38人もの死亡例がみられました。[※8]原因の全てはいまだ明らかになっていませんが、ひとつの要因として過剰摂取が考えられています。

また、抗うつ剤を飲んでいる人や肝臓や腎臓に病気がある人、鎮痛剤を摂取している人も、トリプトファンをサプリメントから摂取することは避けるべきです。

妊娠中、授乳中の人も安全が確認されていないため、トリプトファンのサプリメントの使用は控えましょう。

注意すべき相互作用

トリプトファンは医薬品やほかのサプリメントとの併用をする場合注意が必要で、重大な副作用を起こすリスクがあります。[※12]

まず注意したいのは、抗うつ剤との併用です。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)をはじめとしたセロトニンの作用を高める薬とトリプトファンのサプリメントを同時に摂取すると、セロトニン症候群発症リスクが高まります。セロトニン症候群とは、セロトンの濃度が高くなることで引き起こされる発熱や吐き気、嘔吐などさまざまな症状で、最悪の場合死に至ることもあります。

医薬品以外にも、免疫系や神経系への作用があるといわれるハーブやサプリメントとの併用にも注意が必要です。代表的なハーブにセントジョーンズワートがあります。セントジョーンズワートはストレスの緩和効果などがあるとされるハーブで、抗うつ剤と似た作用があるためセロトニン症候群発症のリスクが高くなる可能性があります。